旅と食で人生を埋め尽くす

プロフィール

ぼくは死ぬほど中途半端だ。

25歳のときに世界一周するほど、旅を大好きだといえる自信はタップリある。

でも、マイルは集めていないし、クレカは何を選べばお得なのか調べる気にもならない。

旅先でもスーパーや図書館やカフェをうろつくだけだから、訪れた20カ国について聞かれても答えられない。

ぎりぎりホテルにチェックインできるほどの英語力しかないし、お土産をパンパンに詰め込んで帰ってくるわけでもない。

 

たった1回の食事でもコンビニで済ませたくないほど、グルメを愛する自信もたっぷりある。

でも、写真を撮り忘れることのほうが多いし、ママの愛想がよい喫茶店ならコーヒーが不味くてもぜんぜん通う。

友達の食べたいものを優先してあげられる余裕はあるし、あえて低評価のお店に突撃することもある。

 

でも、気がつけば旅と食のことしか考えておらず、じぶんへのご褒美も旅と食事しか思いつかない。

だから、あえて言わせてもらう。

 

「旅と食で人生を埋め尽くしたい・・!」

 

湿気と生臭さと歓声が入り混じった、東南アジアの香りいっぱいの那覇。

薄暗い路地裏をそわそわしながら歩き、やっとの思いで宿に着いたシチリア島。

おまえはすでに世界一の場所にいると、市場のオヤジが満面の笑みで語ったサンパウロ。

お店それぞれの個性がおもしろくて、1日4回うどんを食べた香川。

どこまでもエネルギッシュで、心身ともにしっかり疲弊させてくれたエジプト。

まるで水族館かと思うほど、スーパーの鮮魚売り場に衝撃を受けた富山。

体質改善プログラムの大好きなスタッフと、現地集合したアゼルバイジャン。

高原や雪山が好きな母親を、ついに連れて行くことができたツェルマット。

 

ひとつひとつの思い出は、いつでも回想することができる利息であり、次なるモチベーションも与えてくれる栄養素。

これからも利息の総量を増やしながら、じぶんにたくさんの栄養を与えたいと思っている。

 

旅と食で埋め尽くすために

となれば、ぼくが人生でキープすべき身体機能はこの2つだ。

・「旅」をたのしめる体力
・「食」をたのしめる代謝力(=処理能力)

裏を返せば、これさえあれば人生の充実感はほぼMAXなのだから、将来的に白髪が増えたり肌が荒れたりしても、あまり執着がないかもしれない。

「体力」といっても、人類未到の地を探検したい願望はない。

せいぜい15時間くらいのフライトに耐えられて、1日1万歩問題なく歩ける体力があれば十分。

長時間フライトで脚がパンパンに腫れたり、街を歩く程度で腰が痛くなってはつまらないから、そのための努力を惜しんではいけないことになる。

だから毎年フルマラソンで体力を維持しているし、腰痛が起こらぬように3年前からパーソナルトレーナーさんを付けている。

これらは〝「旅」をたのしめる体力〟から逆算された習慣というわけだ。

 

次に「食」をたのしめる代謝力。

ここはなかなか大変だ。ぼくは小麦もコーヒーもお酒も好きだから。

旅先で現地グルメをマジメに楽しむには、体力と同じで、日頃からトレーニングが必要だ。

だから、カラダが処理の仕方を忘れないように、小麦もお酒もちゃんと嗜む。

とりあえず今は、1日4回うどんを食べても鼻炎にならないくらいには仕事をしてくれている。

ただ、ここはほんとうに紆余曲折あった。

24年間苦しんだ鼻炎を克服するために、グルテンフリーや断食など栄養界隈がやっているものは一通りやった。

もちろん効果はあったが、つまずいたのはそこからだった。

制限していれば症状は出ない。でも、食べたらやっぱり再発する。

これでは人生を旅と食で埋め尽くすことができない。人生のテーマと手段が合ってない。

だから「守りの体質改善」から「攻めの体質改善」に転じた。

血液検査や症状の出方で答え合わせをしながら、腸壁強化やメンタル改善を掘り下げた。

その結果、とりあえず1日4回香川でうどんを食べても食べられる腸壁はキープしている。

肝臓は平常運転だし、炎症もない。このあたりの採血による定点観測は欠かせない。

ほかにも、咀嚼や歯石除去など〝「食」をたのしめる代謝力〟の取り組みはたくさんあるが、手段を選ぶときはきっと「人生のテーマと合っているか?」の問いが大切なのだと思う。

 

無症状はゴールじゃない

ずっとぼくの話をしてきたが、ぼくでいうところの「旅と食」にあたるものが、きっと読者さん一人一人にもあるとおもう。

そこで頭の片隅に置いておくとよいのは「無症状はゴールじゃない」ということ。

遊びで夢中になっているときに、服についたホコリって気になりませんよね。

じゃあ、服についたホコリが気になるのは、どんなときか?

答えは「ヒマなとき」です。

手持ち無沙汰でやることがないとき。やることがないわけではないが明確に向かっている方角がないとき。

こんなとき、ひとは服についたホコリをひとつ残らずキレイにしたがり、夕飯の時間になって「こんなことをしている場合じゃない」と我に帰る。

ぼくの仕事は、暇人をやっていることに気づいてもらい、ぼくでいうところの「旅と食」にあたるものを自覚して、そのために残りの人生を謳歌してもらうことなのかもしれない。

症状は探している限り無限に見つかるし、病気は文字通り気持ちが終わらない限りずっと続く。

その症状とやらに振り回され、死ぬまで熱心にホコリ除去に取り組む人を、ぼくは増やしたいと思わない。

君はそれでいいの?夢の続きはどうしたの?

ほんとうのことが見えているなら、その思いを捨てないで。

「症状があるうちは、それがまだできない。」

そう思う気持ちはよくわかる。

でも、順番が違う。やりたいことをやるからこそ、症状の影は薄くなっていく。

残りの人生、何に賭けたい?

韓国でパン巡りがしたい。子供と外でいっぱい遊びたい。家族で泊まり旅行がしたい。

恩人に会いに行きたい。憧れの旅館に泊まりたい。あの歌手を生で見るまでは死ねない。

そんな理想の実現してもらうサポートを、これからもゆるっとやっていく。

今月は台湾。6月はブルネイ。7月はインドネシア。

これからもぼくは、人生を食と旅で埋め尽くしていく背中を、ひっそりと見せていこうと思う。