病院バンザイ

メンタル

「やめてくれよォ」と思うときがある。

ぼくは仕事柄、ときどきこういうメッセージをもらう。

日本の医療にメチャクチャにされて、たっぷりと不信感を抱いていて、医師に対する信頼なんてあったもんじゃない。薬なんて絶対に飲みたくない。だから先生、サポートよろしくお願いします!

・・・と。

ぼくを頼ってくれるのは素直に嬉しい。でも、べつに現代医療を潰すためにこの仕事をやっているわけじゃ全然ない。むしろ病院に助けられることは非常に多いとすら思っている。

アドレナリンの分泌が盛んになってくると、ひとは敵を作りたがる。それはもう、現代医療だけじゃなくて、グルテンとか、同僚のAさんとか、ほんとうになんでも。

でも、ひとりで敵対するのはチョット怖い。同じものを敵だと認識する仲間がほしい。安心したい。そこでしばしば白羽の矢が立つのが〝ぼく〟というわけだ。先生も当然ながら病院アンチでいらっしゃるわよね!と。

まぁ、たしかにぼくも、鼻炎がぜんぜん治らない耳鼻科通いはツラかった。でも、そのとき悟ったことは、病院には頼るべき場面と頼れない場面があるということ。たまたま頼れない場面で頼ろうとしたぼくが未熟だった。わりとそれだけの話だった。

病院をつよく敵視している系のひとは、ちょっとこわい。テキトーにふんふん話を聞いていたら、うっかりぼくも仲間入りをされかねない。いつのまにか、自分もクラスのB子ちゃんの悪口を言ったことになってる、小学生女子界隈のアレ。

ひとは弱ると周りが見えなくなる。見えているものの解像度が雑になる。すると、主語がどんどんデカくなる。「日本の医療は」「医者は」「糖質は」「社会が」「国が」。

普通に考えて、日本の医療にもいろいろあるし、医者も百人百色だよね。よくよく考えればわかることを、よく考えられなくなる。これもアドレナリン分泌の影響が大きい。

 

じぶんの症状が病院で治らなかった。むしろ悪くなった。対応が冷たかった。話を聞いてくれなかった。とにかく薬だけは飲みたくない。

その気持ちはとてもよくわかるよ。

ぼくもたいがい鼻炎治らなかったから。5歳くらいのとき、髄膜炎の一歩手前を風邪と誤診されたこともあったから。

でも、怒り続けるのもたくさんのATPを消費するんだ。そのATPをつくるのは栄養素なんだ。嫌いな相手にキレ続けるために栄養摂るって、そんな不毛なことある?人生は決して短くないけど、少なくとも、そんなことにエネルギーを使ってる暇があるほど長くはない。これは断言できる。

だから、あなたの栄養は「これまで」ではなく「これから」のために使おう。

ここまで読んで気づいた?

ほんとうの敵は「病院」じゃない。「敵視」なんだ。敵視するのは体力がいる。体調がすぐれないときの相性は最悪だ。最終的に疲労しか残らない。ただでさえ吸収できてない栄養を、鬼のように消費してしまう。

敵視している間はずっと、交感神経が興奮している。敵視しておいて「自律神経を調整したい」はちゃんちゃらおかしい。アクセルを思い切り踏んで「スピードをゆるめたい」と言ってるようなものだ。いくら深呼吸をしても、アロマを焚いても、つよい敵視とは見事なまでに相反してしまう。

なにかをつよく敵視してモチベーションに変えるのは、体質改善が終わってから趣味でやればいい。怒りを踏み台にして後世に残る芸術作品をつくればいい。少なくも、体質改善フェーズにおいては「敵視こそ敵」だ。これはとても便利だから、ぜひ覚えておいてほしい。

病院ってすごいよ。折れた骨をくっつけてくれる。高熱を下げてくれる。盲腸を切ってくれる。がんを早期発見してくれることもある。保険証を出せば、それらを大幅値下げしてくれる。栄養カウンセラーや鍼灸師に、そんなことはできないよね?

健康なひとは、あるものを有り難がる。不健康なひとは、ないものを嘆く。これは6年間でクライアントと9,600通やりとりをしてわかった紛れもない事実だ。さぁ、あなたはどっち?

大切なことだから、繰り返し伝える。

あなたの栄養を、「これまで」ではなく「これから」のために使おう。