4月某日。
ぼくは高校時代からの親友、松本くんと鶴舞公園で正午から飲んでいた。
鶴舞公園は、名古屋のほぼ中心部に位置する。
大学や中央図書館が隣接していて品性が漂うにも関わらず、花見でにぎわう1週間だけ急速に悪化する治安が平均点を大きく下げ、最終的に「ふつうの公園」と化している存在だ。
その日はビールと日本酒だけでなく、そのうちウイスキーに進んだような気がする。
年に数えるほどしかない、暑くも寒くも感じない柔らかくて気持ちがいい日だった。
松本くんと遊ぶときは、いつも結果的にそこにいるといった感じで、計画らしい計画を立てることはほとんどない。
キャンプへ行くときですら、目的地はなく「とりあえず東のほうへ」という縛りでバイクをだらしなく走らせる。
ただ、この日は珍しく気合が入っていた。
2ヶ月後の海外渡航先を、サイコロで決めるというタスクを抱えていたからだ。
飲みながらGoogleマップを開き、3つずつ興味の湧いた国を選ぶことにした。
ふと、モンゴルのことを調べていたら、馬乳酒というものがあるらしいことを知った。
日本でいうどぶろく、韓国でいうマッコリみたいなものだろうか。
めんどくさくてそれ以上調べなかったが、松本くんに伝えるとどうやら興味を示したらしい。
すでに酔った二人は、口々に「ばにゅうしゅ、ばにゅうしゅ」と言いながら盛り上がった。
ぼくが直近で行った海外は、スイスやらマルタやら、ヘタをすれば日本以上に治安のよい国ばかり。
だから、ひさしぶりに、それなりの苦労を伴う冒険のような旅がしたかった。
二人が3つずつあげた候補をメモに書いた。
1.ブルネイ(世界一親切な国で親切にする)
2.タイ(原付で山奥絶景宿に行く)
3.モンゴル(草原で馬乳酒に酔う)
4.インド(激安1泊500円宿に泊まる)
5.カザフスタン(コンビニで馬乳酒に酔う)
6.ネパール(ネパール人が作ったカレーを食う)
馬乳酒の登場回数から、二人の馬乳酒に対する熱量がおわかりいただけるだろう。
ぼくはモンゴルかカザフスタンがいい。中央アジアの荒野はなんだか果てしなく寂しそうで、この先どこかで一人旅するよりは松本くんと行きたいなと思った。
松本くんもモンゴルが刺さったらしく、このあたりはさすが親友。
インドもアツい。きっと直面するであろう体調不良やしつこい押し売りも、松本くんとなら死ぬまでネタとして盛り上がれそうだ。リスクは大きいがリターンも大きい。
タイもいい。そういえばこれまで20カ国を旅して、現地で運転したことはなかった。スコールでずぶ濡れになったあとで食べるグリーンカレーはさぞかし美味しいだろう。
ネパール人が作ったカレーは、どう考えても国内で食える。というか鶴舞で食える。
ブルネイ?なにそれ。一番意味がわからない。
いよいよサイコロを振る時間になったので、すこし場所を移動する。
鶴舞公園の中に、ギリシャの神殿みたいな噴水があったので、そこを決戦の地とした。
ルールはこうだ。二人が順番にサイコロを振る。2回連続で同じ目が出たらその場所で決まり。
まったく意味はないと思うが、とりあえず〝練習〟と称して交互にサイコロを振る。
「1」を出さない練習をしようと、一心不乱にサイコロを振りまくる中年男性二人組。
とにかくブルネイだけは圧倒的に意味がわからない。
近くにいた女子高生二人組は、どれだけ想像力をかき立てても何をしているかわからなかったと思う。
本番が始まって、2回にわたって「1」が出る危険なリーチに見舞われた。
しかし、そのたびに相方が回避するファインプレイが続く。
そしてぼくがまたもや「1」を出した。二人に緊張が走る。運命は松本くんに任された。
落ち着け。いっぱい練習したから大丈夫。
きっと2ヶ月後の二人はモンゴルの大草原で馬乳酒に酔っているはずだ。
そんな希望は打ち砕かれた。松本くんの手から放たれたサイコロが示した目は「1」だった。
気づけばずいぶん陽は傾いていて、パルテノン神殿はオレンジ色に染まっている。
ついさっきまで横で楽しそうに騒いでいた女子高生の姿も、いつの間にか消えていた。
ダーツの旅・世界地図編でフィンランドに降り立った二人で行く15年ぶりの海外は、見たことも聞いたこともない「ブルネイ・ダルサラーム」という国に決定した。
ブルネイについては、全面的にお酒が禁止だと知ってから、それ以上なにも調べていない。
↓松本くんについてはこちらの記事も
https://nakamurahiroki.jp/profile/

